奥の細道で一番長く滞在したのがこの黒羽です。その滞在場所の一つ、浄法寺桃雪邸跡となる芭蕉公園を中心に芭蕉の館、芭蕉広場そして芭蕉の道など芭蕉を偲ぶ施設が色々設けられています。
 

城址公園から歩いてすぐのところに芭蕉の館があり芭蕉に関する資料と黒羽藩主大関家の資料が展示されています。

館の外には芭蕉と曽良の旅姿をしのぶブロンズ像がおかれています。

塩谷から黒羽に来るとき馬を借りたという話が思い浮かびます。
 
 


奥の細道に書かれている那須での句は次の通りです。
   かさねとは八重撫子の名成べし     曾良 塩谷
   夏山に足駄を拝む首途かな        黒羽
   木啄も庵は破らず夏木立          黒羽:雲巌寺
   野を横に馬牽むけよほとゝぎす      那須:殺生石
   田一枚植ゑて立ち去る柳かな       那須:芦野、遊行柳

こうした句を刻んだ句碑や石碑が黒羽の町には沢山置かれ、中でもこの芭蕉公園に多く見られます。
上左は芭蕉の館登り口におかれ、奥の細道の「夏山に・・・・・」の一節が記されている。中央は芭蕉の庭、芭蕉達のブロンズ像の後方にあり、やはり奥の細道の「かさねとは・・・」の一節が記されている。右は芭蕉広場に置かれている物で奥の細道には書かれていないが、浄法寺邸の絵に描かれている鶴を賛した句「鶴鳴くや その声に芭蕉 やれぬべし」が刻されている。奥の細道には載っていない那須で詠まれた句の句碑も町内ゆかりの地に散在しています。

浄法寺桃雪邸跡地は鬱蒼とした木々に覆われ、やすらぎを感じさせる広場になっていますが、主の家のない広場は何か寂しさを感じます。もし、この広場を芭蕉が見たら「夏草や・・・」の句がここで生まれたのではないかな?そんな感じがしました。
     

芭蕉の館から芭蕉の道を下って行くと曹洞宗・大雄寺(だいおうじ)に至ります。

ここは黒羽藩主・大関家の檀那寺で、創建は室町時代の応永11年(1404)と六百年以上の歴史を持ち、当初は黒羽の余瀬村にあったものです。その後戦乱で消失・再建等を経て、天正4年(1576)大関高増の黒羽城築城の折り現在地に移築されたものです。

参道にそびえる大きな杉、苔むした階段等厳粛な雰囲気を漂わせ、何か日光の寺社に通ずる古い歴史を感じさせるものです。

参道の途中にある十六羅漢像は平成7年に大雄寺開創六百年を記念して置かれた新しい物なのですが、思い思いの姿をした仏の群像には何か惹きつけられました。


  (山門入って直ぐにある水琴窟、良い音色です)

寺院の建物は総茅葺きで山門も落ち着いています。山門から左右に回廊が巡らされ、座禅堂、庫裏、本堂へと通じています。室町時代の様式を残す禅寺という感じですかね。寺では、本格的な禅堂にて坐禅の体験研修が行われています。みなさんどうですか?

現在すべての伽藍は栃木県文化財の指定を受けています。 これだけの茅葺き、材料もさることながら、吹き替えの技術を持った人が少なくなってきていますので維持してゆくのは大変なことだと思います。
 

 
参考サイト: 大雄寺
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