日光と言えば東照宮をはじめ輪王寺・二荒山神社の二社一寺に代表され、多くの観光客で賑わっておりますが、その周りにはなかなか観光ツァーに組み込まれない観光客が滅多に訪れない静寂に包まれた、もう一つの日光を観ることが出来ます。
そんな日光をこれから少しずつ紹介したいと思います。

 

 

日光は天平神護2年(766)勝道上人 により開山され、その後弘仁11年(820)の弘法大師空海が入山、日光と改称された云われております。そんな東照宮建立以前の史跡ゾーンと日光山門跡晃海が名付けたと言われている大谷川沿いの含満が渕を中心とした自然にとけ込む史跡ゾーンに分け紹介します。

 

東照宮建立以前の史跡ゾーン


神橋(正式には神橋の隣にある日光橋)を右に曲がり稲荷川に架かる稲荷川橋の手前を左に川沿いの道を約500b程行くと 開山堂・産の宮(香車堂)・仏岩がある。
開山堂は日光開山の祖、勝道上人の霊廟で、堂内には約4.5bの地蔵菩薩と勝道上人とその十大弟子の木造が安置されているところ。
お堂の裏手には勝道上人の墓と云われる五輪 塔と岩壁の基部の窪みには梵天をはじめとした石像六体が並んでいます。


 



     
産の宮(輪王寺観音堂)は楊柳観世音菩薩を本尊として祀っていて、俗に香車堂・産の宮と呼ばれ、安産祈願の信仰があり堂内は沢山の将棋の香車の駒が溢れんばかりに奉納されています。
妊婦が祈願中にこの駒を借りて帰り、出産後借りた駒とお礼に新調した駒を一緒に返納するという習わしがあるので駒の数はどんどん増えるそうです。
今日も母と娘と思われる人がお腹に駒を当てて安産のお参りをしてる光景に会いました。
   
更に緩やかな上りの石畳の道行くと学問の神である北野神社や手掛石、神馬の碑などがある。
   

更に進むと根から2本に分かれたの大杉があり、その前に大小べんきんぜいの碑がありここからは神聖域であり、大小の便を禁じたものだと思います。

ここから左の階段を上ると平安時代山嶽信仰の盛んな頃の修験者の修行場として建てられた行者堂があります。

でも、こんなお堂で修行では辛かったでしょうね。冬の寒さをどのようにして凌いだのか?快適な空調の中で過ごしている私達ではとても我慢できないのではないでしょうか?

北野神社に詣でた後、少し先の手掛石と呼ばれる巨石を欠いて持ち帰ると字が上達するという言い伝えがあったそうです。



又神馬の碑は慶長5年(1600)関ヶ原の戦いの際徳川家康が乗った愛馬の碑で、家康が日光に改葬された時に連れてきた後死んだので家光の遺臣が建てた物です。
またこのまま真っ直ぐ進むと左手の沢の奥に弘法大師修行の場と伝えられている白糸の滝あり、その脇の階段を上がった所に滝野神社がひっそり建っております。

楼門前には「運試しの鳥居」があり額束に開いた穴に石を投げ、上手く通ると願いが叶うと云われており一度試されては如何ですか。

楼門をくぐると拝殿・平唐門・本殿が並び境内には親指と小指で笹の葉を結べたら願いが叶うと言う、縁結びの笹や子種石があります。

また境内の裏手には「酒の泉」という清水が湧いており、これを元水にすると良い酒が出来ると云われ、県内の醸造家が酒泉講を結成しているそうです。
       

 

   
         
  ねっ!とちぎ 制作・著作 
HOME  NEXT